『バレンタインデー』
街では二週間くらい前からピンクや赤のハートの装飾に包まれ、臨時のチョコレート販売も行われる。
チョコレートを買い漁る女性たち、最近では男性が女性に贈る『逆チョコ』というのも流行っているとかなんとか。

今年もこの日が遂に来てしまったのだ――。

「……一年……か」
時が過ぎるのは早いと今更ながらに思う。
桐生家に来てから一年が経つ。

門を出るとそう言って空を見上げた。
あの日も確か……こんな風に曇っていたっけ。
今日は日曜日。
二回忌ということもあって俺は例の場所に向かうことにした。

――それは紛れもない。

親父とお袋、去年亡くなったばあちゃんの墓参りだ。



……二年前。

「行ってきます~!」

「あ、千晶!待って!」

「なんだよ……忘れ物ならないぞ!五回もチェックしたんだからな」

「違うわよ。はい、これ、母さんから」

──チョコレート。
そっか、今日は……。

『バレンタインデー』だ。

小さい頃はもらうのにも抵抗はなかったが、(寧ろもらえるもんだと思っていたし)流石にこの歳になるとな。
恥ずかしいというか、照れくさいというか……。

「あ、ありがと」

ピンク色に包まれたそれはいかにも時間が無くてスーパーで買ってきました的な感じだ。
だけど──やっぱり単純に嬉しかったりはする。
まぁ……バレンタインデー翌日の半額になった、山積みの売れ残りをもらうよりかはずっとマシである。

俺は母から貰ったチョコレートをしっかりとしまうと、鞄をポンと叩いた。

「今日は仕事終わったら、車で父さん迎えに行かなきゃだから少し遅くなるかも。二十時までには絶対帰るから!夕飯待ってて!」

「へぇ──い。じゃ、今度こそ行ってきます!」
俺の両親は共働き。俗に言う『鍵っ子』ってやつだ。

「行ってらっしゃい」


……まさかこれが、お袋との最後の会話になるなんて──、

この時は知る由もなかった。