「仁君……」

誰だこの人。

思わずさっきまで腕を強く握っていた力が緩む。

部屋の中からは一人の男性が出てきた。
歳は二十歳くらいだろうか、スーツをしっかりと着こなしているところを見ると、もう少し年上かも。
おっさんに仁と呼ばれたその彼は、おそらく……。

「茜、彼が城ケ瀧仁(じょうがたきじん)君だ」

やっぱり。

「この人が……」

茜の婚約者か。

「話は聞かせてもらったよ」

「……私はあんたなんかと結婚なんて絶対にしないんだから!」

「おじさん、この話なかったことにしてもらっていいですか」

「なっ何を言い出すんだ!仁君まで」

「僕は茜さんの強い意志と、こんなところに乗り込んできた、その少年の勇気を尊重したいと思いましてね」

「……これで決まりだな、おっさんの負けだ」

「まさか……こんなことになるとは」

「おっさん……『運命は与えられるものじゃねぇ!自分自身で切り開くもの、

そして、

この手で掴み取るもんなんだよ!!』」

俺と茜が恋人同士と言う設定は途中からどうでもよくなってしまった気がするが……。この際よかったのかも。

取りあえず、頑固親父を説得できただけでもよしとするか。


「君の名前をまだ聞いてなかったね」

「……波柴千晶です」

「千晶君か……ありがとう」

「?」

「僕も忘れかけていたもの取り戻せた気がするよ」

「いえ、俺は別に……」

「それと最後に一つ、恋人役なかなかはまってたよ」


えっ!?え──っ!


なんだ、この人には最初から読まれていたんだ。
茜の行動も俺の演技も。


「千晶、今日はありがとう」

「いや、俺なんか役に立ったのかな〜って」

「千晶が居なかったらお父様は説得できなかったから……」

差し延べられた手はとても温かくて。

俺も優しく握り返していた。