「あ、そうだ!」

俺はその声に呼び止められて振り向いた。

「今日から俺も桐生家にしばらく世話になるからよろしく!千晶君っ」

……よろしくって。しかも『君』……?
俺が男だってことも了承済みってわけね。
大方、伶に聞いたんだろうけどさ。

「……ハイ、ヨロシクお願いします……」
ああ……前途多難だぁ。


周囲に聞こえるくらい大きな溜息をつく。それから俺は右手に持っていた手紙を思い出し、おもむろに広げた。
薄茶色の便箋に黒いペンで書いてあるそれは、久しぶりに見る薫の字だった。


――千晶へ
今までありがとう。そしていろいろごめん。
私が居なくなっても泣くなよっ!
また会う日まで。   薫――


少しだけこの手紙を見て安心した。それまで彼女がどう思っているか全然分からなかったから。これでやっと『友達』に戻れる……。



「……あの人、屋敷にしばらく居るみたいだなぁ~」
俺は席に戻ると一時間目の準備をしながら、翼に問いてみた。

「あの人?」

「ウチらの担任。これであとは伶が来ないことを祈るだけだな」

「お兄ちゃんのことか。そんなに警戒しなくても平気よ。伶よりは安心だから」

安心?あれがか……。

「翼は……随分あの人に心開いているみたいだけど」

「昔からいろいろお世話になっていたから」

彼女がヤツのことを笑顔で『お兄ちゃん』って呼ぶことが釈に触って、自分がイライラしていたのが分かった。

「……そうなんだ」

「それにお兄ちゃんは楓と昔付き合っていたのよ」

なっなに~っ!

「楓と付き合ってた?……それはマジな話なのか?!」

「うん……こんなこと嘘ついてもしょうがないと思うけど」

確かに。

「今もまだ好きなのかな?」

「いや、それは流石にないよ。楓から言ったみたい、別れようって」


あいつが俺に好きって言ってくれたこと。
そして久々に現れた従兄弟が過去に付き合っていた彼氏という事実。

突き付けられた現実に俺はとめどなく揺らいでいた。