俺は『夢』を見ていたのだろうか……?

『男』にキスをされた男がこの世にどれほどいるだろう。しかもファーストキスを奪われた俺って一体。
ここまできたらもう笑うしかねぇよな……アハハ。

口唇を腕に押し付けるように思いっきり拭い、いたたまれなくなった俺は無言で立ち去った。

今思うとビンタの一つでもしてやればよかったと後悔する。

「最悪……だ」

咄嗟のことで気が動転してしまい冷静な判断できなくなっていたのもまた本心である。

「俺はこの先どうしたらいいんだぁ~」
いっそのことあいつに俺の正体をバラそうか……。
そうすりゃ大人しくなるだろ。

いや……しかしこれ以上、秘密を広げるのも危険だよな。

でもあいつがこの屋敷に居る限り俺はこの恰好してなきゃならないわけだし……。

「ああああ~っ!!どうすりゃいいんだよぅぅぅ~!!」

バンっ!

「うるさいっ!静かにしろ~!この男女っ!!私と翼の寝室が向かいにあるって知ってるでしょ!」
千晶の部屋の扉が勢いよく開いた。

「……ごめん。って言うか……お前がさっき俺を見捨てたせいで、散々な目に遭ったんだからな!」

「散々な目?」
楓はきょとんとしている。

「……まぁ……そのなんと言うか。つまり、その」

「はっきりしなさいよ!」

こうなりゃ、やけだっ!!

「伶にキスされた……」

「やっぱり」

やっ、やっぱり?なんだこのリアクションはっ!しかもこのそんなこと知ってるわよ的オーラはっ!

「『男』にこの俺がキスされたんだぞ!やけにあっさり過ぎやしないか」

「だって伶のいつもの癖だもん。自分の好みの女の子を見ると見境もなく迫ってくるの」

「なんだ、その熟年夫婦的発言はっ!!」

「翼はそれでずっと悩んでいるから。私はビンタ一発かましてやったけど……多分もうビンタくらいじゃ効かないと思うし。(慣れっやつ?)千晶の場合はさっきも言ったようにカミングアウトした方が早いと思うわ」

「お前な~っ!簡単に言うなよ」

「そうじゃないとこれから約一ヶ月間、『女装』地獄よ」

「?」

「伶、八月終わりまで居るって言ってたから」

楓の一言で俺の『夏』は儚く散ったのだった。