「仕方ないじゃないか。あまりに綺麗だったんだから。」
 僕は笑いながら本を閉じる。
「もしかして読書の邪魔だったかな、」
「いいさ。真剣に読んでたわけじゃない。」
「本を読みながら微睡むのは君の癖だっけ、」
「そうだよ。夢見がいいから。」
「眠る為に本を読むんだね、」
「君は何の為に本を読むのさ、」
「少なくとも忘れる為じゃない。」
 フフッと笑い、蘇芳は僕の手から本を奪う。
「ねぇ、鉱。今が授業中だって知ってる、」
「その言葉、そっくり君に返すよ。」
「僕はいいんだよ。もともと授業に出る気はないから。今日は鉱に会いに来ただけ。」
「おや。それは光栄だ。」 
 ただそれだけの為に、わざわざ学校まで来る処が彼らしい。
「図書室は君の格好の隠れ場所だね。授業中なら誰も来ない。」
「君以外はね。」
 僕はそっと紫陽花に顔を寄せる。
 紫陽花の花は匂いがしない。
「君は紫陽花に似てる。」
「どこが、」
 不思議そうに蘇芳が尋ねる。
 軽く口を開いたまま、少し首を傾げる仕種は小さな子供のようだ。
「紫陽花は好き、」
「うん、好き。特に薄い桃色の花が。」