そんな風に思って落ちこんでいた私も、いつの間にか気になる存在の先輩ができ、加藤君も加藤君の手紙のことも忘れていった。
と同時に、加藤君に手が届かないことを、小学生の頃よりもっとはっきり認識してしまったのだろう。
とにかく季節は流れ、また冬の季節がきた。
そしてその年、私はスキーの練習で足を骨折し、ワンシーズンを無駄にしたのである。
あれだけ熱心にスキーを教えた父親も、私が骨折したことで無理にスキーをやらせるのをやめた。
よって私はマネージャーになり、その後ずっと競技スキーから離れた。
と同時に、加藤君に手が届かないことを、小学生の頃よりもっとはっきり認識してしまったのだろう。
とにかく季節は流れ、また冬の季節がきた。
そしてその年、私はスキーの練習で足を骨折し、ワンシーズンを無駄にしたのである。
あれだけ熱心にスキーを教えた父親も、私が骨折したことで無理にスキーをやらせるのをやめた。
よって私はマネージャーになり、その後ずっと競技スキーから離れた。


