今日は、ピアノの発表会。



優さんが来てくださることになって、ずっと楽しみだったのだけれど…。



やはり、こうして舞台袖にいると緊張する。



自分でも、手が震えているのが分かる。



「翠子さん大丈夫よ、この1週間で凄く上達したわ。

あなたを、発表会のトリにするべきだったと思うくらいにね。」



ピアノの先生には申し訳ないのだけど、私が一番欲しいのは優さんの手の温もり。



自分の出番はもう少し先なので、一旦ロビーに行って心を落ち着かせることにした。



ロビーのソファーに座り、缶コーヒーを片手に欠伸をしていた優さんを見つけた。



「今日は、来てくださってありがとうございます。」



優さんは、私が現れたことに驚いたようだった。



「えっ?もう出番終わっちゃった!?」



「いいえ、まだこれからです。」



「焦った~、聞きそびれたら何のために来たか分かんないし…。」



そう言って、優さんはホッとした表情を見せた。



「優さん、あの…。」



私はそう言いながら、震える手を差し出す。



「何?」



「この前のように、手を…。」



握ってくださいって言葉までは、恥ずかしくて言えなかった。



それでも私の言いたいことは分かっていただけたようで、私の手を撫でてくださった。



幸せなひと時はすぐに終わってしまうもので、私はすぐに舞台袖に呼び戻された。



発表会の曲は、ラヴェルの水の戯れ。



先生が手放しで誉めてくださったのもあるけれど、自分でも満足のいく内容で弾ききったと思った。



客席を見ると、優さんも拍手をしてくださっていた。



「ロビーで翠子と一緒にいた人、演奏も聴かずに寝てばかりいるのよ。

あ、翠子の出番だけは起きてたけどね。」



あとで、同じピアノ教室に通ってる人からそのような話を聞いた。



もしかしたら、ピアノに興味がないのに、無理して来てくださったのかしら…?