「くっ。」
焔は、暴走する馬の手綱と轡をぐいと掴んだ。
馬の速度は一向に落ちず、彼女の足は宙へ浮きそのまま馬の首にぶら下がった格好になった。
“おらの邪魔をするのは誰だ!”
焔の頭上から、ガサガサと乾いた声が降ってきた。
彼女は、声の主を見上げ落ち着いた声で答えた。
「私は焔。お前は水鬼だな?」
焔の問いに、鱗で覆われた暗緑色の体と嘴を持つその妖は薄く膜のかかった目をむき彼女を睨め付けた。
“おめぇ、おらが見えるのか?…ってこたぁ、普通の童じゃねぇな。”
馬の背に跨り、手綱を引く手を緩めぬまま水鬼は口元を歪めニヤリと笑った。
その顔を真っ直ぐ見据えたまま、焔は手綱を握る右手にグイと力を込め自分の方へそれを引き寄せた。
「つまらぬ悪戯はやめろ。すぐに馬を止めてここから去れ!」
“お断りだね。これは、おらの月に一度の楽しみだ。一総も了承してるしな。”
「一総が?」
一総の名を聞き、焔の手の力が一瞬緩む。
水鬼は、その瞬間を見逃さなかった。


