「松ゆる、おつかれ〜」

バイト上がりにかけられた一言で、俺のテンションは一気にダウンした。

振り替えると、松山羽織がニヤニヤしなが手を振っている。

「…なんだよ、松ゆるって」
「お前松田、俺松山。店長は松沢、松だらけじゃんか。だから名前を足してお前松ゆる。どうだ!」

得意気な顔に腹がたつ。
何が松ゆるだ、馴れ馴れしいにもほどがある。

「なんだ松ゆる、不満そうだな。じゃ、名前で呼ぶか?ゆるくさん」

…ぞわぁ!
全身鳥肌。
俺は自分の名前が、死ぬほど大嫌いだ。

「普通に松田でいくね?」

「だめだめ!一緒に働く仲間なんだから、親しみってやつ必要じゃん。な!松ゆる!」

…はい、参りました。もういいです、俺松ゆるで十分です。

「…お先です」

諦めた俺はそう言って、バイト先を後にした。


信じられないかもしれないが、俺の名前は松田ゆるく。
本名である。
しかも平仮名。

全く、親のセンスを疑うものである。
最近はヘンテコな名前が世間には溢れているが、俺の名前も相当いっちゃっている。

まぁ、さっきの失礼なやつも松山羽織だから、なかなか珍しい名前だが、まだ漢字なだけ幸せなほうだ。

あいつのことは、明日から松はおって呼べばいいのだろうか。

…どうでもいいか。

俺は、春とは暦ばかりで冷たい風の吹くなか、コートの襟をたてて家路を急いだ。