魔王に忠義を

「…見て…」

ナハトが魔王の腕を指差す。

五指を失い、兵達の総攻撃によって血まみれになった魔王の腕。

その腕が、まるで底なし沼に沈むかのように、ゆっくりとその姿を封印の中に没していく。

その姿に、出現した時のような覇気はない。

意気消沈したまま、沈没する巨大な貨物船の汽笛のような悲鳴を上げ、魔王の腕は静かに封印内へと消えていく。

…片腕だけでは、如何に魔王といえどもこの軍勢には敵わぬ。

そう判断しての撤退なのだろう。

魔王は人間達には勝てぬと判断し、再び封印へと戻っていったのだ。

人間達の勝利。

それを確信した兵達の勝ち鬨が封印の地に響く。

英雄なき魔王との戦。

俺達はその戦いに見事勝利した。

敢えて誰が英雄なのかと問うのならば。

ここにいる全ての人間が英雄。

全ての人間が世界を救った勇者なのかもしれない。