魔王に忠義を

「!」

突然アイシャが走り出た。

その手には、どこに隠し持っていたのだろう、護身用のナイフ。

そのナイフをしっかりと握り締め、横たわったままのネルスに突進する!

とどめを刺す気か…!

俺は。

「!!」

寸前のところでアイシャの刃を握り、凶行を阻止した。

…手から、赤い血が滴り落ちる。

「何で止めるのよ!」

半狂乱になってアイシャがわめいた。

「まだ生きてる!ネルスはまだ生きてるわ!こいつは死ぬべきよ!フーガの誇りを穢したコイツは死ぬべきよ!」

「……」

これまでどのような思いで人生を歩んできたのか。

ネルスに陵辱されて以降、これ程の屈辱と怒りを胸に秘めて生きてきたのか。

その思いが咆哮と凶行になり、アイシャの身から溢れ出す。

しかし。

「お前は手を汚すな」

俺は刃を握り締めたまま言う。

「フーガに血も憎悪も涙も似合わん…お前は死ぬまで綺麗なままでいろ…」

「……!」

アイシャが嗚咽する。

風が泣く。

その泣き声は、いつまでも草原にこだました。