あれから本当に、ジルはお店どころかあたしの前にも現れなくなった。


最後に会ったあの日、アンタはあたしの手首の鎖に唇を添えていたね。


あの瞬間は熱を持っていたはずのブレスも、あたしも、今じゃ身を切るような風に冷やされてるよ。


なくなったぬくもりを辿ることが、切なくもあった。



「レナさん、和田サンって連日通ってますね。
惚れてるオーラ出しまくりってゆーか!」


「単なるお客とキャバ嬢なのにね。」


皮肉な話ではあるのだ。


そう通い詰める方じゃなかったジルだけど、一度来ればかなりの大金を落としてくれていたのだから。


それを失った今は、色恋営業に必死で、売り上げを下げないようにする努力ばかりをしなきゃならない。


いつの間に、人を騙すことに、自分を騙すことに胸の痛みを感じ始めたのだろう。


ジルにしか満たせない場所はどんどん大きくなる一方で、無理やりそれを塞ぎたくて、何かで誤魔化すように埋めるしかなかったのだ。


葵と買い物行って、拓真のお店で浴びるほど飲む。


そんな無意味な毎日ばかり繰り返してるんだ。


寒がりなあの人をあたためてあげられるなら、誰でも良いよ。


ただ、儚い存在のジルを、この世に繋ぎ止めておいてくれるのなら、我が儘は言わないから。


早く一緒に、どこかあたたかい場所に行きたいね。



「…レナさん、顔青いですけど大丈夫ですか?」


「ごめん、大丈夫。」


店長にも、さすがに飲みすぎだと怒られた。


しっかり稼げと言ったのは自分のくせに、世知辛いばかり。


更衣室のスプリングの壊れかけたソファーに体を投げると、いつも決まって無表情の黒服クンが水を差し出してくれる。


あたしはいつから、こんなにもお酒を飲むようになったのだろう。


麻痺したのか、もう逃げ道にさえもなってはくれない。