シュウは食べ物屋のガイドブック片手に、ある日突然このお店に現れ、そして雇ってください、と言ったそうだ。


それからの日々は、本当にかけがえのないものだったと教えられた。


本当の息子以上のことをしてもらったと思っているから、感謝している、と。



「シュウを大事にしてくれて、ありがとうございました。」


あの子がくれたピアスを握り締め、声を震わせながらもあたしは、深々と頭を下げた。



「…あの子に生きる希望と楽しみを与えてくれてっ…たくさんのことを経験させてもらって、本当にっ…」


言葉が出なかった。


大将とおかみさんには、どれほど感謝してもし尽くせないだろう。


こんな場所に居たなんて、と思ったこともあったけど、今はそんなことしか言えないのだから。



「頭を上げて、お姉ちゃん。」


それでもあたしは、こうべを垂れたまま、首を横に振った。


ジルも少し後ろで顔を伏せ、もしかしたら泣いているのかも、とさえ思える。



「…シュウのこと、忘れないであげてくださいっ…」


もちろんよ、とおかみさんは言葉をくれた。


あたたかくも優しい、シュウの居場所。


全てを捨ててもここに居たかったあの子の気持ちが、今更わかった気がする。



「また来てちょうだい、お姉ちゃん。
あの子の物はたくさんあるし、今度ゆっくり色々なことを聞かせてちょうだい?」


「…はい。」


それから、今日はもう帰ることにし、ジルと共に小料理屋をあとにした。


シュウの日記と、そしてあの子が最初で最後にくれた、あたしへのファーストダイヤを手に。