ゴッ、と壁を殴った鈍い音が響いた。


思わず身をすくめると、彼は悔しそうに唇を噛み締める。


正直、あたしのために怒ってくれたのはわかるけど、でも、黙ってれば終わったことなのに、と思ってしまう。



「お前、あんな風に言われて悔しくねぇのかよ?!」


「悔しかったけど。
でも、ジルが怒ってくれたから良い。」


だからありがとう、と言うと、彼は呆れるようにため息を吐き出した。


人のために怒ったり出来るジルは、やっぱり優しい人なんだと思う。


だから今は、それだけで良い。



「帰るぞ。」


もしかしたらもう、あたしはあの両親と会うことはないのかもしれない。


でも、悲しいとは思わなかった。


シュウが居なくなった現実を少しだけ受け止めた今は、もうあの人達とあたしを繋ぐものが何もないように思ったから。


あたしも少しだけ、小瓶にシュウの遺骨を入れた。


きっとシュウだって、あんな息苦しい人達に見守られて暮らすなんて嫌だと思ったから。


空は相変わらず悲しげな色に染まっていて、そんなものを仰ぎながら、車に乗り込んだ。


車内には、煙草とカルバン・クラインの残り香があり、少しだけ、呼吸が楽になった気がした。



「何か食えるか?」


問われ、あたしは首を横に振った。


ジルはそんなあたしに、ずっと何も食ってねぇじゃん、とだけ漏らす。


そうだったっけ、とどこか遠い思考のままに思ったが、体は食べ物を受け付けてはくれない。



「じゃあもう寝てろよ、そこで。」


そんな風にも言われたが、あたしは窓に頭を預けるようにして、濁った色の空ばかり眺めていた。


しっかりしなきゃと思う反面、心は言うことを聞いてくれないように、全ての思考が遮断される。