ジルは“一条清人”と名乗っていた。


それが偽名なのか、それとも本当の名前なのかはわからないが、あたしの“愛里”という名前と同じくらい、何でも良いとしか思えなかった。


キャバになったことまで掘り返したように怒られ、付き合ってることになってるジルとの関係までも、まるで汚いもののように言われた。


キャバになったから、ジルと出会ったから、シュウを見つけられたはずなのに。


当然、おかみさんや大将の悪口も聞いたけど、今はきっと、何を言っても無駄だと思い、全ての言葉を飲み込んだ。


いや、反論する気力さえなかっただけなのかもしれないけれど。


外の世界は雨粒に濡れていた。


そんなものを見つめながら、みんながシュウのために泣いているようだと思った。



「レナ、大丈夫か?」


別の控室に連れ出され、ジルは少し熱を帯びたあたしの頬に触れた。


いつもは大丈夫だ、と言うくせに、彼はシュウが死んで泣くことさえ出来なくなったあたしに、何度もそんな風に問い掛ける。


でも、大丈夫なわけなくて、何も答えられないまま。


和室の壁に寄り掛かるように腰を降ろしているジルの胸の中で、「…ごめん…」と言葉を紡ぐことがやっとだった。


もう、何も考えたくなくて、目を瞑れば彼は、あたしの頭を撫でてくれる。



「俺さ、花穂が死んだの知らなかったんだ。」


思い出すような遠い目をして、ジルは煙草を咥えた。


さすがに今日はカルバン・クラインの香りがなくて、そんなことに少し寂しさを覚えてしまう。



「たった今まで一緒に居たと思ってたはずだったのに、その一時間後にはアイツ、死んじゃってたんだよ。」


微かに聞こえる雨音と、そして悲しげな声色。


耳を傾けていると、意識が沈んでいく感覚に陥ってしまう。


ジルはずっと、こうやって花穂サンのことや他愛もないこと、些細なことだったとしても、

相槌さえ返さないあたしに、まるで絵本を読んで聞かせる母親のように、色々なことを話してくれるのだ。