「愛里!」


声と同時に、バチンと乾いた音が響いた。


頬を張られたことよりも、それが自分の名前だったっけと、どこか遠い意識の端で思う方が先だった。


それでも目の前の人物は、すごい形相だ。



「シュウの居場所知ってたの?!
何で言わなかったの、人殺しと同じよ!!」


我が娘に向かって、人殺し、なんて言うのだろうか。


それでも、半ばノイローゼだった彼女だ、居場所はおろか、シュウの死に目にさえ立ち会えず、後から連絡を貰ったことを思えば、こう言いたくもなるのかもしれない。



「…ごめんなさい、お母さん。」


喪服が破れるくらい、彼女は涙ながらにあたしを揺すり続けた。


罵倒され、殴られることすら、今のあたしにはどうでも良いことのように思えたのかもしれない。


ただ、こんなヒステリックに叫ばれちゃ、シュウが静かに眠れないじゃない、と、葬儀場の親族控室で思う。


両親があの病院にやってきた直後、どこから情報を入手したのか葬儀屋までやってきて、全ては滞りなく行われている。


ジルはずっと、喋ることも出来なくなったあたしの傍に居続けてくれた。


気付けばもう、葬儀の前だ。


記憶さえもおぼつかず、この二晩をどのように過ごしたのかさえも思い出せないけれど、ずっとジルのぬくもりが傍にあったことだけは、体が記憶していた。


あたしは生きて、そして幸せになることをあの子に望まれた以上、死ぬことさえ考えることは出来なくなった。


それでも、生きる希望は見い出せない。


言葉さえも持たないお父さんを横目に、未だ罵倒し続けるお母さんを、ジルが止めに入ったのだと思う。


そんな光景を、ただ黙ってあたしは、見つめ続けていた。