「料理人になりたかったなんて、知らなかったよ。」


5月のあたたかい風が頬を撫で、澄んだ空気の中で空を仰いだ。


知らない町で、知らない顔した弟が隣に居て、自分自身をまた見失ってしまいそうになる。



「ホントのこと言うとね、美味しい料理作れる姉ちゃんに憧れてたんだ。」


そんな言葉に、驚くように顔を向けた。


シュウははにかんだ笑みを浮かべたまま、照れたように頬をかく。



「病気が治ったら、いつか俺が、今度は姉ちゃんに美味しいもの作ってあげたかったんだけど。」


そこまで言った彼は、言葉を飲み込むような顔をした。


一時退院の時でも、ご飯を作るのはあたしの担当で、その度にシュウはあたしの料理を喜んでくれていたっけ。


そんなあたしに憧れ、そしてそんなことで将来を決めてしまうだなんて。



「馬鹿だね、シュウは。」


本当に馬鹿だよ。


アンタはあたしのことを想ってたってのに、そんな弟の死を願ってただなんて、あたしは最低の姉だ。


嬉しくて、そしてやるせなくなって、意志とは別に涙が溢れる。


明日なのか、一年後なのか、十年後なのかもわからない、シュウの命。



「…長く、生きてよっ…」


悔しさの中でそう吐き出したのに、彼は何も答えてはくれなかった。


約束なんて出来ないんだと、そう言われている気がしてまた、涙が溢れてしまう。


必要もないあたしの命をこの子に与えることが出来たら、と思うのだ。