あの後、目を覚ました葵は、散々泣き腫らした自らのまぶたを見て、鏡の前で焦っていた。


それでも少しは楽になったような顔してたし、強がることで気を張ることも、時には大事なんだと思う。


彼女ならば乗り越えられるのだろうし、乗り越えてほしいとも思った。


あたしは傍に居て、愚痴を聞く以外に出来ないけれど、葵はいつも笑ってたのだ。


拓真からもメールがあったけど、今は葵の手前、会うことは出来ないと返しておいた。


ジルからの連絡は、やっぱりなかった。



「ねぇ、店長。
相談ってか聞きたいことあるんだけど。」


「珍しいなぁ、レナが。
どうしたんだ?」


「何でみんな、大事なモン捨ててまでこの世界で成り上がりたいと思うの?」


問うたあたしに、仕事の手を止めた彼は難しい顔をした。


てか、これじゃああたしは成り上がる気はない、と言ってるようなモンだけど。



「確かにさ、お金が大事なのはわかるよ?
けど、お金なくなったら人は離れていくじゃん。」


「レナの言うことは正論だと思うぞ。
でも、離れてほしくないから稼ぐのかもしれない。」


「…そっか。」


「ほら、馬鹿ほど高いとこが好き、って言うだろ?
馬鹿みたいに仕事してたらやっぱりな、高みからの景色を見たいと思うんだよ。」


自分もその部類なのだと、店長は笑った。


大事なものを捨ててまで見た景色の果てに絶望したら、人はどうするのだろうか。



「この世界はな、それぞれが胸に抱えてるモンがあるんだ。
人には、時に大事なモン捨ててまで稼がなきゃならないこともあるんだ。」


聖夜クンの、この世界で生きる理由。


もしかしたら葵も、そんなのを知っているからこそ、何も言わなかったのかもしれない。



「難しい話だね。」


しっかり悩めよ、若いんだから、と店長はやっぱり笑う。


少しだけ、今まで当たり前だと思っていた日常が変化して、あたしはまだ、それをどう受け止めれば良いのかがわかんないんだ。