流している涙の理由さえもわかんないのに、それはあたしの瞳を濡らし続けていた。


今日ほどホテルのシャンデリアを綺麗だと思ったことはなくて、歪んだ視界のままにただ、あたしはそれを眺め続ける。


ジルに抱き付いた格好のまま、熱を取り戻せないあたしの体は、どうやら布団へと包まれているらしい。


有線から流れる音楽が、やはり先ほどのことを夢で見た出来事のように思わせる。



「…警察もさ、お金に転ぶんだね。」


「忘れろ。
お前が見たこと全部、なかったことだ。」


刑事に金を渡し、危ない橋を渡ってまで見た死体が、シュウじゃなかったってこと全部。


ジルはあたしが思ってた以上にヤバいことやってんだろうし、警察ってのもロクなもんじゃないらしい。


でも、それを含めた全部、忘れられたらどんなに楽か。



「悪夢だよ、マジ。」


ずっと会ってなかったジルがこんなに優しかったのかどうなのかすら思い出せなかったけど、あたしはこの腕に縋るしかなかった。


抱かれないとあたしの価値なんてないと思っていたけど、ジルは抱き締めてくれてるだけ。


まぁ、ヤッたって今のあたしは、マグロ以下だろうけど。



「仕事、忙しかったのはマジなんだ。
でも、ちょっとの間、お前と距離置かなきゃマズいかな、と思ったのもマジ。」


「…何で?」


「あの人が知ったら、どうなるかわかんねぇからさ。
俺だけなら良いんだけど、お前巻き込みたくねぇから。」


多分それは、“嶋さん”と呼ばれる人だろう。


怖いはずなのに、あたしはこの腕を振り払えない。


そしてあたしはきっと、ジルの中で切って捨てられるほどの存在じゃないんだろうな、とは思ったはずなのに、素直に嬉しくもなれなかった。