ひんやりと静まり返った廊下に並んだひとつの扉を前にして、あたしとジルと、そして男がひとり足を止める。


心臓の鼓動だけがあたしの不安を打ち鳴らし、呼吸さえもままならない。



「こんなこと上にバレたら、俺は懲戒どころの騒ぎじゃない。」


「悪いね、安田さん。」


そう言ったジルはおもむろにポケットから取り出した物を、見えない位置で安田と呼ばれた男に忍ばせた。


刑事らしき男にジルが渡した物は、一体いくらなのかはわからないけど、現金であることだけは確か。


それでもあたしの思考は、マトモなことさえ思い浮かばないほどに真っ白で、何かを考える隙間もなかった。


右から左に流れた物を一瞥し、男はそれをくたびれたスーツのポケットへと滑らせる。



「この扉の向こうに、仏さんが居る。」


まるで今しがたの出来事さえ見間違いだったかのような、安田の台詞は事務的だった。


そんなことに、またゾッとする。



「確認するのはこの子か?」


「そう。」


「言っとくが、ロクな死に方じゃねぇ。
女の子が見て耐えられるとは思えねぇけどな。」


「安田さん。
頼むから、言葉選んで。」


「こっちだってこんなリスク犯す以上、適当に確認して間違いだった、じゃ済まされねぇんだ。」


安田はこの件を捜査する現場の責任者のような感じなんだと、漂う思考の隅で聞かされた。


だから多少の融通は利くのだとか言ってたけど、意味も分かんなかったし、あたしにはまるで関係のない話だ。


ただ、この扉一枚を隔てた向こうに、シュウかもしれない遺体がある。



「…大丈夫、です。」