その時はどうなるのだろう。
自覚する事なくもっと深い奥底へ沈むのだろうか。
せめて、確かにそんな糸があったはずだと…いつもその糸をたぐり地上へ戻ったのだという事を思い出す事は出来るだろうか。
もしも思い出す事が出来たなら、目を閉じ手を伸ばせばよい。
其処に煌めく細い糸があると我が網膜を誤魔化し、躊躇う事なく右手でその糸を掴むのだ。
左手でその先をたぐる。
さらに右手でその先をたぐる。
右手、左手、右手、左手。
自身の重みを意識したならその瞬間に全てが重力を持ち、つかみどころなく直線に堕ちてゆくだろう。
たぐる糸の先だけを心の目で見据えてただ一心に両手を動かせばよい。
右手、左手、右手、左手。
やがて見上げた地上の淵から差しのべる手は、自分自身の手のひらなのだ。
逆光の中揺らめくは、まごうことなく自分自身の顔なのだ。
自身の垂らした絲をつかみ、光の中に自身の微笑みを見たなら、もう二度とこの深淵に堕ちる事はないだろう。
焦がれ焦がれてこの手を伸ばす
誰の垂らした蜘蛛の絲。
完

