細く細く、闇の中でさえなおちらちらと煌めく細い糸。



ああそうだ、この糸を知っている。

此処へ堕ちた時にはいつもこの糸が現れ、地上へと連れ戻してくれるのだ。


その糸の存在を捉えた瞬間にさっきまでの恐怖心は何処かへ消えてしまい、その糸をたぐればまた地上へ戻れるという救いの光を見い出すよりも先に、その糸の出現そのものに安堵を覚える。

安堵とともに今居る深淵に居心地の良さすら覚え、何故かその糸に手を伸ばす事さえ躊躇うのだ。


躊躇う事に戸惑いながらもその糸に手を伸ばす。
手をかけたところでその糸は引き上げてなどはくれない。

自身の重みを引きずりながら、はるか地上の僅かな光を目指し、この両手で糸をたぐるのだ。

右手で糸を掴む。
左手でその先をたぐる。
さらに右手でその先をたぐる。
自身の重みを感じながら…右手、左手、右手、左手。

この糸は、やっと出口の寸前で意地悪にぷつんと切れたりなどしない。

やがて見上げる眩しい地上の淵には、いつもこの糸を差し出してくれるあの人の顔が逆光の中揺らめいており、労うように柔らかくその手を差しのべる。

影となりその表情は見えないが、笑うでもなく憐れむでもなくただ深くやさしい微笑みをその目にのみたたえているのを、この心は知っている。