「葵、そろそろこっちおいで。 あんまり外にいると冷えるぞ」
「んー……」
シャワーから上がったばかりの慶介が、濡れた髪をタオルで乾かしながらベランダのあたしに声をかけた。
あたしは、室内の限られた照明でオレンジ色に照らされた慶介をジトっと睨んだ。
「……なんだよ」
あたしの意味深な視線に気づいて、慶介は首を傾げる。
むぅ……なによ。
“こっちおいで”とか!
その首傾げる姿とか!
さっきからあたしの胸はジンジン軋んでいる。
……おかしい。
あたしばっかりおかしいでしょ?
唇を尖らせているあたしを面白がるように、慶介は「おいでおいで」と手招きをして見せた。
「……」
あぁ。 わかったぞ。
どうせ、またあたしを子供扱いするんでしょ?
結婚したのはいいけど……
慶介にとっては、あたしに女として魅力があるとかないとか、きっとどうでもいい事なんだ。
じゃ……なんで?
あたしの事……
ちゃんと……好きなのかな?
……そういえば。
慶介の口から『キモチ』聞いた事ないかも。
―――ガラガラ……
あたしは、慶介を見つめたまま両手でガラス戸を閉めた。
口角を上げてほんの少し笑みを溢した慶介は、さっきの場所から動かずにあたしの様子を眺めている。
その表情は、余裕たっぷりで。
ブラウン管から流れる知らない言葉も、なにもかも。
あたしにとっては聞こえていないと同じ。
ドクン
ドクン
ただ、いつもより勢い良く押し出される血液に目眩さえ起こしそうになった。