愛しい遺書

「……マジで知らねぇんだ。だったら教えてよ」

少しの沈黙の後、女は口を開いた。だけど自分でも上手く纏められなかったのか「そんなこと言われても………」と言ったきり、黙ってしまった。

「キキ、もう降りよ?なんかコイツらウザくなってきた」

確かに、このままここに居続けて二人の修羅場をまだ見ていると、マナカが乱入しかねない。さっきから何度も舌打ちしている。

「……だね。行こっか」


あたしたちは歩き出した。知らんぷりで通り過ぎるつもりだったのに、最後にもう一度明生を見たいと、脳があたしの顔を明生の方向に動かした。

明生もあたしの視線に気付き、あたしを見つめると左の口角を少しだけ上げた。

その行動が女に火を付けた。

「アンタ馬鹿じゃないの!?この状況でなに他の女見てんのよ!!女だったら誰でもいいわけ!?」

その言葉に今度はマナカに火が付いた。

「チッ!男が男なら、女も女だし!!」

わざと聞こえるように、怒鳴りながら勢いよく階段を降りた。

あたしはマナカの後ろ姿を見ながら、ゆっくりとついていった。


真ん中まで降りた辺りで背後から勢いよく降りて来る音が聞こえて、あたしは振り返った。

明生と一緒にいた女。潮風のせいで髪を激しく振り乱し、泣きじゃくりながら降りて来た。

あたしは端に寄った。

なのにその女はあたしに向かってきて、右肩にわざとぶつかった挙げ句、あたしを物凄い形相で睨めつけてそのまま降りて行った。

女の表情にあたしはなぜかゾッとして、歩く足を止め放心状態でその女を見つめた。

恐ろしいものを見たような気分だった。


マナカも女の勢いに少し驚いたようだが、端に寄ってやり過ごすと振り返ってあたしの方を見た。

「キキ……?」

あたしは我に返って平静を取り戻すと、何事もなかったようにまた階段を降り始めた。