「注射も嫌がるクセに……」

あたしがボソッと言うと、

「オレにはそれ位の覚悟が必要だって事だろ」

と、2杯目のチェリーブランデーのグラスを回しながら、明生は言った。何の話しをしているのか全く理解できていない隣の女は、不思議そうな顔で明生を覗き込んでいたが、明生はそれには目もくれずに

「そんな面倒くせぇ事するくらいなら、今のままで充分だし」

と付け加えた。

そんな哀しい事言わないでよ……。

アンタのものになりたい女はちゃんといるんだから……。

あたしは明生の前だとわかっていても、目に滲む涙を抑える事が出来なかった。グラスを拭きながら顔を上げれずにいるあたしを見た明生は、あたしの心の内を知ってか知らずか、

「オレみたいなヤツでも、自分の人生掛けても守りたいって思えるような女っていんのかな」

とあたしに向かって言った。

あたしは明生にフラレてから今日まで、明生の欲求には応えても、自分の想いを明生に押しつけるような事が一度も出来なかった。明生との関係を続けていくには、愛だの恋だのっていう話しは極力避けて、何食わぬ顔で明生と接していく事が一番いいと思ってきた。だけど、今日だけはぶっきらぼうな自分を演じる事が出来なかった。

「ちゃんといるよ……。ちゃんと見てよ……」

あたしはずっと胸に閉まっていた感情を、唇から零してしまった。

「……お前のそういう顔、懐かしいな」

明生はそう言うと、優しい目であたしを見ていた。