愛しい遺書

あたしは愛想良く言った後、人混みをかきわけてホールを出た。

ホールの側にあるスタンド用のテーブルで一人煙草をふかすショウジの姿を見つけ、あたしもそこへ行った。

「踊らないの?」

「いや、一緒に入ったんだけど後ろの激しく踊ってるヤツらがスゲェぶつかってくるからイラッときてさ……」

「アハハ!あたしもたった今被害受けて出て来たとこ」

「盛り上がってんのは解るけど、もうちょっと周り見ろって。男の方なんか玉の汗流してたし」

「玉の汗って!ウケんだけど」

笑いながら煙草をくわえると、すかさずショウジが火を付けてくれた。

「ありがと」

そう言うとショウジは「どういたしまして」と言って唇の片方を上げた。

あたしはその仕草にドキッとして少しの間ショウジの唇を見つめていた。明生と同じ仕草をする人が他にもいるなんて……。

「……?なんか付いてる?」

「えっ?あっ、…ううん」

短い沈黙の後、ショウジがあたしの顔を覗き込んだ。

「キキって可愛いあだ名だね」

「……ママが若い頃よく行ってたクラブが『KiKi』っていうトコだったんだって。そこで出会った人との間にあたしができて、産まれた時にキキで出生届け出そうとしたら、周りが頭堅い人ばっかりでめちゃくちゃ反対されたらしいの。それで、キキって呼べる名前にしたくてキリコにしたんだって」

「そーなんだ。オレの親もそうだけど、昔の人間って変に頭かてぇのな!文明の利器はガンガン使いながら事あるごとに『俺の若い頃は…』だろ!?人のこと見た目で判断するしな。オレのこの頭なんてモップ呼ばわりだぜ?マジうぜえ。まじめに仕事してんだから、いーじゃねぇかって。な?」

そう言って後ろに束ねているドレッドの毛先を掴んだ。

酒のせいなのか、唇の片方を上げるからなのか、ドレッドだからだろうか。明生の姿を重ねてしまう。

そしてこの人は明生じゃないと我に返る度に、心が切なさに潰されそうになる。

それが体から溢れてこないように酒をどんどん飲む。それでも酔えないのは体の中の切ない感情の割合が、酒より多く占めているからだ。