それでもなお続く会話に飽きてきた頃、俺は仕事部屋からノートパソコンを持ってきた。

 大して仕事なんてない。

 それに、今度授業で使うプリントだって今作る必要もないんだけどね。

 どっちかって言ったら、ぼーっと千紗の事だけを考えたい。

 だけど、その一時のためには邪魔者が存在する。

 パソコンを立ち上げ、少しでも仕事を始めれば帰ってくれるかな、っていう淡い期待。

「D'accord.」

 なかなか発音が難しいんだな、フランス語って。

 相変わらず穏やかに話す紗葉を見て、そう思ったんだけど、さっきの電話ってサンから、だよね?

「Pouvez-vous nous appeler un taxi?」

 携帯を帯にしまったと思ったら、不意に顔を上げ、口元に微笑みを乗せて、口を動かす紗葉。

「……は?」

 いやいやいやっ!!

 俺、生粋の日本人だし大学の時だってフランス語を専攻してないしっ。

 taxi、は聞き取れたけど!

 紗葉は、シミのないその綺麗な顔にシワを寄せ、俺を冷ややかな眼で見つめてくる。