「ミヤコーっ」

部屋の外でクリスティーナに名前を呼ばれた時、もう、わたしの涙は枯れていた。

「はぁいっ」

返事をしてから、飽きることなくわたしの頭を撫でてくれていたお兄ちゃんを見上げる。
心配そうな口許がふわりと緩む。

「ありがとう」

「とんでもない。この程度のこと、いつだって」

だから、キスしていいですか? と、綿菓子のように甘く柔らかな声で囁くと、わたしの返事も待たずに、唇に触れるだけのキスを落とす。

そのまま耳元に唇を寄せられる。

「だから、私の恋人になって」

「……!?」

意味が分からずに、お兄ちゃんの顔を見る。
いつもと変わらない、優しい笑顔。

「う、嘘の、恋人ってこと?」

だよね、いくらなんでもそうだよね?

お兄ちゃんはじっと時間をかけてわたしの瞳を覗きこんだ後、口許に一瞬影を宿し

「嘘でも、もちろん構いません」

静かな声で、そう告げた。


「ミーヤコーっ」

待ちきれなくなったクリスティーナがドアを開けた。
お兄ちゃんはその一瞬前に、わたしから手を放していた。

ごく自然な足取りで部屋を出て行く。

「シバノカシラガシンパイシテタヨー」

片言の日本語に耳を傾けている間に、わたしの中で動揺が収まってくる。
それと同時に「嘘でも」という深い言葉の意味を探ることも忘れてしまっていた。