『あれ、ご存じなかったですっけ。
ひよこの習性。
生まれて一番最初に見たものを親と信じて着いていくらしいですよ?
たとえそれが猫であってもその後ろを追っかけていって自らがぶっと食われるという……。哀しいさがですねぇ』

『それが、どういう?』

『ほら。
タイミングが重なってるじゃないですか?
頼っていた<兄>が離れ、クラスメイトには二人の友達のことを二股だと冷やかされる。
彼女が恋愛を意識するには、ぴったりの要素が揃っていると思うんですよねえ』

淡々と語る紫馬さんは、とても娘のことを語っているとは思えないほど冷静だった。

『で、一番最初に見た男性を好きだと思うってわけですか?
まさか』

『あれ?
お気づきでない?
残念ですが、彼女の気持ち、誰かにもう奪われちゃってますよ?』

――一瞬。
ポーカーフェイスが保てなくなる。

目の前に居るのが紫馬さんだけで良かったと、胸のうちで安堵の息を吐いて、こみ上げる苦い想いを飲み込むほかない。

『彼ね、本当に鈍感で。
昔っから、自分がモテるということを自覚してないんですよねぇ。
もっとも、彼が本気で都ちゃんを好きになるなんてありえないでしょうから。
安心してくださいね』

いつもの冗談とも本気ともつかない独特の口調でそう言うと、ひらひらと手を振る。

『もっとも、私が知らないだけで彼がロリコンだったら……スミマセン』

にやりと、意味ありげな笑いを口の端に浮かべると、くるりと踵を返して出て行った。