彼が彼女になった理由(ワケ)

「綾斗の気持ちがわからない」
それは幾度も思った。

綾斗は完璧だ。
人を揺さ振るのも、突き放すのも。
思いのままに人の心を操っているように思う。

学校の女子達も、そんな綾斗だから放っておけないんだろう。

『もう8時か。』

綾斗は携帯をパタンと閉じると、そう呟いた。

『遅いし帰ろっか。』

そんな綾斗に応える。

「もっと一緒にいたい」
一年前の私ならそう思っていただろう。
もう私はあの頃と違う。

もう綾斗に振り回されたりはしない。
もう綾斗を想って泣いたりしたくないのだ。

『何か食ってこ。 俺がおごるし。』
『…え?』

綾斗とは何度か遊んだりした。
でもこんな風に誘われた事はない。
「帰ろう」
この一言で終わりだったのに…

『何だよ、その顔。 俺がおごっちゃ悪いかよ…』

少し苦笑気味に笑う綾斗で我に返ると自分の顔を手で触って確かめた。

確かに変な顔だ。
目を見開きすぎて額は横ジワだらけ。
口は「え」と言う言葉を放ったままの無力状態。

こんな顔を数秒間、向けていたと思うと恥ずかしくて隠れたくなる。

『なぁにベタベタ触ってんだよ。 ほら行くぞ。』

綾斗はグッと私の腕を掴むと、横断歩道を進む。

『あ、綾斗っ 私…』

断らなきゃ。
綾斗のペースにのせられちゃ駄目だ。

そう思いつつ。
まずはチカチカと今にも信号が変わりそうなこの道を渡るのが先決。

渡りきったら言おう。
「帰る」って…

後3歩、2歩、1歩…
言おうっ!

『綾…ッ
『夏波。』

重なる言葉。
急に真剣な顔に言葉を詰まらせる。

『お前、本当に今年は作らねーの? チョコ。』

何なの、その顔は…