「さすがに疲れるね。スーツで山登り」


新が連れてきてくれた店はこじんまりとした小料理屋だった。

小さいながらも中庭があり、渡り廊下を歩くとちょうど月が秋の草花の上に顔を出していた。

小さな池には十三夜の名月が写っていた。



まるで絵巻物のような完成された空間だった。

6畳ほどの和室に通されると新はワイシャツのボタンをもう一つ外し、
出されたおしぼりを広げた。


手をぬぐった後額に当てようとして止めた。


「やべ、顔拭いたらおっさんじゃん。危ないところだった」

「あったかいおしぼりで顔や首ふくの気持ちいいじゃない?あたしだって一人ならやっちゃいそう」

「絵里とかあのへんのお年頃の女の子の前でやったら即アウトだぜ。その辺のフォローはさすがゆかちゃん」

「ほめられてる、んだよね」

「今日は会社から遠いところであったんだから仕事抜き。俺はゆかちゃんって呼ぶし、俺のこと井上って呼ぶなよ。ダンディ新ちゃん、もしくは新様でよろしく」

「ダンディって何?いまどきそんな言葉あるの?若そうに見えるけど世代はやっぱりあたしと一緒くらいなんだね、それに新様って暴れん坊将軍みたい」


「暴れん坊将軍ってのも世代がばれるよな」


新はにこっと笑った。


八重歯が見えて少年の面影がよぎった。


あたしより二つ下か。



30歳には見えない幼い表情にあたしもつられて笑った。