タクシーのドライバーはミラー越しにあたしを見た。

「旅行?」

ギアを入れ換えながら聞く。あたしは目を閉じた。

「ええ」

「この季節なら京都あたり?紅葉も綺麗だし女は好きだよね」

あたしは返事もせず文庫本を開いた。

ドライバーの言葉がカンに障る。


「旦那さんと子供置いて旅行って感じだね。旦那さん何も言わないの。こんな時間なら子供も学校から帰るでしょう。最近の主婦は気楽だねえ。いや、うちの女房もさ」


「黙って」

自分でも思いがけないほど強い口調だった。

「あたし、結婚してないから」


人の良さそうなドライバーはばつの悪そうな顔をしてそれきり口をつぐんだ。