こんな場所に足を踏み入れたのはいつだっただろう。

絵里が用意してくれた店はしゃれたカフェバーだった。

カフェバーっていう言葉自体、生きているのだろうか?

もしかしたらこういう店のことを今を満喫している若者たちは違う呼び方をしてるのかもしれない。

暗くて薄墨色の店内。

間接照明とジャズ。

店内にはなぜか遠くのほうからせせらぎが聞こえて。

雄治からは取引先との商談が長引いたという連絡があり、「先に始めてて」というメールが届いていた。


絵里はあたしより一足早く退社したのにまだ来ない。

「とりあえず飲んでいようよ、ゆかちゃん」

新は明らかに困っていた。頼みの綱の二人がいなくて拠所がないのか、一杯目のビールをあっという間に空にした。

勢いよくビールを飲み干す喉の動きはあたしが持っていないもの。

あたしはビールを一気に飲むことができない。

飲みなれてないせいなのか、飲み干したいのだけどこの苦い炭酸の液体に体はいうことをきかずに一口ずつ、ちびちびと飲むしかない。

酔わないでオトコと話すのは難しい。

あたしは隣の席にあったベンジャミンの葉をもてあそんでいた。

「プライベートで飲むのって久しぶり?仏頂面じゃないと俺とは話せない?俺と話すよりそのびろんとした葉っぱに遊んでもらっているほうがいいかな」

新は自分のほうを見ようともしないあたしと二人っきりの時間をどうするのだろう。

絵里にそうするのと同じように冗談まじりにじゃれあおうとするのだろうか。

「そういうわけじゃないけどあたしも飲まないとなかなかね、話せない」


あたしの手の中でベンジャミンは体温を吸ってくったりとなりつつあった。

「それって相手が俺だから?なーんてね。そういうキャラなの?ゆかちゃん。実はゆかちゃんって呼ばれるのも嫌がっていたりして」

新はあたしの手からベンジャミンを取り上げた。