「このままこの家に仕えればいいのに」
と言う少女に、キリアは首を振った。
「貴族の家なんざごめんだね。オレはオレで生きてくんだ」
にっと笑うと、少女も愛らしく笑った。
そしてお世話になった初老の女性に頭を下げると、女性は布に焼きたてのパンを包んで自分に持たせてくれた。
そして、少女に手を振って、家の裏口から外に出た。もう、空が白んできていた。
頑張ろう、と包帯が巻かれたほうの腕を握りしめる。
「キミ、待ちなさい」
しゃり、とリアトレーゼンが、キリアの前に立った。そして、何かを差し出す。
「僕の手持ちで悪いが、少し金を工面した」
金が入った袋を、キリアの前に差し出す。キリアはむっとした。
「いらねぇよ」
「誰もやるとは言っていない、キミが大人になったら返しに来てくれ」
それなら……と、キリアは受け取る。正直、突っぱねても金は非常に有り難い。
それから、とリアトレーゼンはキリアに丁寧な作りのナイフを手渡した。
「いいのかよ、オレに武器なんか……」
「いいかい、権力のない僕たち子供が、まず認められるには、強くなるのが一番早い。そして、強くなったら、その力は大事な人を守るために使うんだ。自分のためでも、人を傷つけるためでもなく、守るために」
静かに諭されて、キリアはごくりと喉を鳴らした。
「守る……ため……?」
「弱い者を守り、強い者と戦え。本当の悪とは何かは、自分で決めなさい」
コクンと頷く。
何だか、力が湧いてくるような気がした。
「僕は貴族として、キミは民として、この月明かりの国を、より良いものにしよう」
ふわりと微笑んだ少年は、まさにこの国の王となるのに相応しい。そんな少年に認めて貰えた自分に、キリアは誇りが持てた。
駆け出したキリアは、もう以前のように前を睨みはしなかった。輝く朝の日の光が、キリアを照らしていた。



