今あった出来事を目の当たりにして、もう逃げようという気持ちさえどこかに失せていたキリアは、火傷した腕を庇って、ゆっくりと立ち上がった。

「あんたが……王女のお付きの……」

子供の自分でさえ、少年の名前は知っていた。端正な顔立ちで、風の如き瞬速の剣を振るうその少年は、まだ幼いこの国の王女の護衛。最近父と共に夜会によく顔を出すようになった少年は、若いながらに、その生まれながらの素質と、器の大きさを誰もに感じさせるという。

近い将来、確実にこの国を背負って立つことになるであろう少年は、こちらをしっかりと見つめて、自分に聞いた。

「怪我をしているな」

「えっ……あ……」

キリアは無意識に、火傷をしたほうの腕を隠した。

「スリなんて危ないことをしたキミも悪いぞ」

そして、あろうことか、そのへんに散らばった金を、リアトレーゼン自身で拾い上げ、キリアに差し出した。

キリアはおずおずとそれを受け取り、なんだかとても恥ずかしくなったが、こうしないと生きていけないんだ、と自分を納得させる。

「スリでもしなきゃ食っていけねぇもん」

駄々っ子のように俯いたキリアに、リアトレーゼンは悲しそうに眉をしかめ、何かを言おうとした。

その時、「兄様ー!」遠くから、小さな灯りが見えた。