サンキューマイデイリー

ロッカーをごそごそと探索していると、隣のロッカーの扉が開いた。見ると林律子が鞄を取り出してどうやら帰り支度だ。遅刻してきて保健室に逃亡し、そのうえ早退ときたか、と悠介が思っていると林律子と目が合った。頬にあまり肉が付いていないせいか大きく見える目。その中の茶色い瞳は悠介を数秒映し出したあと、笑った。


「またね」
「……帰るんですか」
「うん、体調よくないから」
「はぁ、あ、お大事に」
「ありがとう、また明日ね、松谷くん」


林律子は悠介に背を向けると去って行った。廊下の角を曲がって林の背中が見えなくなるまで見ていると、後ろから恭平の声が聞こえてきた。

「なんだ、おまえ林と同じクラスなのか」
「え、恭平知ってるの?」
「まぁ、去年同じクラスだったからな。っていうか、有名だし」
「やっぱり有名なんだ」
「まぁな、図書委員長もしてたし」
「え?図書委員長?学校来ないっぽい感じなんじゃないの?」
「そうなんだけど。でもずっと図書委員会だったみたい」
「あぁ、だから俺の名前しってるんだ」

悠介の頭の中で、小さな疑問が一つ解決して、少しだけすっきりした。
林律子は図書委員会だった。そして悠介は図書館の常連だ。そりゃあ名前くらい知っているかもしれない。カウンターで言葉をかわしたこともあったのだろう。
元来人の顔や名前を覚えられない性質の悠介はすっかり忘れてしまっていたとしても。


「はぁ、納得」
「どうでもいいけど早く教科書貸せってば」
「あ、ごめん。」


大川の手に渡った教科書はぱたぱたと数回仰ぐように上下に動かされていた。恭平なりのお礼だったのかもしれない。


「林かー相変わらず保健室にこもってんのかな」
「そうみたい」
「はぁ、やっぱり、変わったやつだよな。」
「いじめられてんの?」
「それはない。そんなんない」
「なんでさ」
「女子の連中で、林のファン?みたいな、そうゆうやつ多いんだよ。まぁ、顔は美人だし、なんかひょうひょうとしてるしさ」
「もてるんだ」
「いや、そういうわけでも…」


恭平が何と言ったらいいか迷っていると、その隙に授業の始まるチャイムが鳴った。
あわてて走っていく恭平の背中を見つめながら、悠介はしばしぼんやりと廊下につっ立っていた。