「…やっぱずるいわ」
「貴音…?」
珍しく追いかけてきたらしいばかに、あたしは複雑な表情を向けた。
眉を寄せながら、唇は弧を描くなんて、あたしも器用なもんだ。
「あんたがもっと違ってたらよかったのに」
「違ってたら…?」
「そう。あたしなんていなくてもやってけるくらいならよかった。
そしたら、あんたなんて見捨てて帰れたのに」
「…じゃあ、俺はこんなのでよかった」
そう言って笑うのがずるい。
いつもなら滅多に笑ったりしないくせに。
そのままあたしを抱きしめるのも、ずるいったらない。
「貴音、」
優しい、柔らかい声があたしの耳を震わせる。
ほかの人の名前なんて滅多に呼ばないから、こいつがこれまでの一生で一番多く呼んだ名前はきっとあたしの名前なんだろう。
そのことにかすかな優越感を感じた瞬間、
「…おなか、すいた」
もう、こんなやつ、嫌いになりたい。