「篠原さん、今日できれば定時で上がりたいのですが・・・。」

先月の契約で一段と忙しくなり、ずっと残業が続いている。

そして多恵子のパソコンの亀の歩みのようなスピードは
相変わらずだった。

でも1日くらい帰してあげたい。

「ちょっと、今の仕事の進み具合見せてくれる?」

彼女の手持ちの仕事を確認する。

「上がっていいよ。待ち合わせ?」

・・・さりげなくデートか確認する。

「いいえ。一人です。」

“はい、デートです。”とは言わないか・・・。

正直気になる。


終業1時間前、彼女が時計を横目で見ながらパソコンを打っている。

さりげなく画面を確認すると、データの単位が間違っていた。

「川村、データの単位間違ってないか?」

「――あっ。」

彼女が泣きそうな顔になる。
やり直したら定時には帰れないだろう。
僕は彼女のパソコンがどんなに遅くても手伝ったことはない。

「頑張ってやり直せ。その仕事は今日上がらないとまずい。」

「はい。」

ここからが、さすが彼女と思った。

一瞬にして立ち直れるのか、彼女の表情が変わる。
そして僕に手伝ってくれなどと、すがっても来ない。

定時になった。
彼女はもくもくと続ける。

「――代わるよ。上がっていいよ。」

「いえ、大丈夫です。遊びの予定なので、あきらめます。
 こんなに仕事いっぱいの日に映画見ようなんて、
 無理したから失敗するんです。すみません。」

「・・なんて映画?レイトショウがあるか検索してみるよ。」

彼女は恋愛映画の題名を言った。
恋愛映画、僕の絶対見ないジャンルの一つだ。

「21:30からレイトショウがあるよ。
 ここを20:50に出れば充分間に合う。」

「はい!この映画、今日までなんです。」