呆けた顔をする恵孝に、うさぎは続ける。
「そんな変な顔をするなよ。お前は深仙山に入りかけている。ここではお前の理解できないようなことが起こる。現にな、既にほら、うさぎと話をしている」
 恵孝は確かに、と頷いた。
「周りを見てみろよ」
 促され、恵孝は辺りをぐるりと見た。先程まで寝ていた足の方向には、大きな岩があり、その先に何があるかを窺い知ることはできない。しかし、そちらは東だ。目的は反対側。そちらには視界が開けている。

「どうして」
 恵孝は近くの薮に駆け寄った。うさぎが後から付いてくる。
 風に吹かれて野草が揺れている。先に黄色い小ぶりな多弁の花を付けた草があり、その隣に大きく丸い葉を持つ草がある。茎の先にまだ開ききらない葉がつぼんでいる。
「月花草は春に花を咲かせる。この日風草は秋に新芽を出す」
 恵孝の呟きを他所に、うさぎは月花草を食べる。
「やはりお前、草に詳しいんだな。岩を登っているときも、あそこには食べると体がしびれるのも生えていたのに、それを避けて、旨い草と実とを選んでいたな」
「ここのものを食べても良いか。誰かの山なのか」
 うさぎはもぐもぐと月花草を食べながら「良いだろうよ」と言った。