店の主は二人を微笑ましく見ていたが、ふと尋ねた。
「わかった、職人に伝えておくよ。でも、誰が挿すんだい。若先生が花の簪を付けるわけじゃなし、菜音だって」
 菜音の髪は、結うことの適わない長さで切りそろえられている。楽だからいいの。もう慣れてしまったし。何度もそう言った。
「そう、私は使えない。私が使うのではないの」
 菜音が笑顔を恵孝に向けるので、恵孝も笑って首肯した。そして菜音は、自らの腹に手を当てた。まだ目立たないが、そこには新しい命がある。

 いつだって、菜音はたくましく、美しい。

 朝がきた。
 夜着から着替えて、髪を結い上げる。使い慣れた簡素な簪を挿す。菜音の残した簪は、再び布に仕舞って懐に入れる。肩に重い荷物を背負っていたような息苦しさから解放されたような気がして、ゆっくりと呼吸をした。
 今日から、西へ向かう。西へ四日、北へ六日。