踏みしめられた大通りとはいえ、昨晩の大雨は通りのあちこちに水溜まりを作った。恵孝と恵正はそこに布を浸し、水を吸い取らせては桶の中に絞り出す、という地道な作業を繰り返す。
「天気も良いし、少しでもやればすぐに道が乾くじゃろう」
「歩き易くなりますね」

 桟寧国の北側を大河が悠々と流れている。支流は国内をうねるように走り、支流に向けて排水路が作られている。大河も支流も水路も、大雨で濁流と化していたが決壊はしていない。先人の功績である。

 恵孝が桶に溜った泥水を水路に排して祖父のもとへ戻ると、近所の幾人かも祖父と共に手を泥水に付けていた。他愛もない世間話がそこかしこで紡がれている。

「そろそろ一区切り、かの」
 恵正が腰を上げた。店の前には目立った水溜まりは消えた。
「そうですね、腹も空きました」
 布を絞りながら辺りを見回し、恵孝も立ち上がる。
「何だ若先生、朝飯もまだか」と、向かいの布団屋の主に笑われた。