楴明千の部屋を恵弾が訪れたのは、日が沈んでからのことだった。城に拘束される身である、恵弾には監視の兵が二人付いていた。

 兵舎の一角、楴明千の部屋の戸を叩く。入室の許しを請うと、
「鍵は掛らない」と愛想のない声が返った。
 明千は軍服を脱がずに刀の手入れをしていた。小さな灯りが、狭い部屋を照らしている。油が悪いのか、炎の大きさが定まらない。

「失礼する」
 恵弾がそこに足を踏み入れると、無言で後ろの二人も続いた。余計手狭に感じる。

 明千は手を止めない。
「……こういうことは途切らずに行いたい質なのです。耳はそちらを見ている、どうぞ用件を」
 骨張った手をしている。
「頼みたいことがある」
 その手に視線を向けたまま、恵弾は続ける。
「私の母に会ってきて欲しい」
「何故」
「私がここから出られないからだ」
 明千は漸くこちらを見た。眼光鋭い。