桟寧国の言い伝えでは、月は美の象徴である。月には天界人がいて、一様に美しい男女ばかりだと信じられている。

「月は禍を招く、と言われていた」と、別の国から来たあの人はそう言っていた。
 桟寧国から出たことがない恵孝にとってそれは信じがたい話だったが、同じ物も所変われば捉え方が変わるのだ、と教えてくれたのもあの人だった。

「その歌は、子どもを早く寝かすための子守唄かも知れません」
 恵孝は呟くように言った。

「月を悪いものと見ている土地ならば、その歌は、早く寝ないと鬼が来るよ、といった意味合いでしょう」
 鬼とは、それこそ禍をもたらす異形の物として、桟寧国で恐れられている存在だ。しかしあくまで伝承であり、子ども騙しに過ぎないと多くの者は思っている。

「そんな歌に騙されて、我が娘は……」
 章王はがくりとうなだれた。

「杏恵孝よ」
 恵孝に章王は弱々しい眼光を向けた。
「そなたは若い。若い故に、姑息に言葉を択ばぬ」