腹を下したとか、転んだとか、羽雨に診てもらおうと、彼女が不在の間に三人ほどが羽雨の診察室を訪ねてきた。羽雨ではなく、町医者の杏恵弾がそこにいたことに驚かれたが、皆、「医者狩り」で町医者も城に集められていることは知っていたし、御典医の杤暁晏とこの町医者が一緒に食事をしていたのを見聞きした者もいて、「具合が悪い者が奥で横になっている。楡先生がこの場を離れなければならず、留守を任されている」と眼前の恵弾に淡々と説明されたので、そうなのだろうと納得して、その前に座った。恵弾は手早く話を聞き、処置をした。腹を下した者は薬の処方を願ったが、腹に手を当てて少し揉んでやり「今日は自室へ下がり、水をこまめに飲み、今のように自分で腹をさすりなさい。楡先生の薬を私が勝手に渡すことはできない。明日の朝まで止まなかったら、また楡先生を訪ねなさい」と返した。
 扉の向こうから荒い足音が二つ近付いてきて、その勢いのまま扉が開いた。恵弾は眉を顰めて腰を上げ、部屋の奥へと進む。寝台のぐるりの布を開け、中の稚宝が依然深く眠っていることを確かめた。二つの足音も恵弾の背後にあって、同じように稚宝の様子をみる。
「枋先生が戻ってきました。さっきの続きを、教えて」
 羽雨が息の上がった声で言う。暁晏も、肩で息をしながら頷いた。恵弾は二人の様子を見て「はい」と答え、寝台から離れた場所に椅子を置き、三人が座れるようにした。羽雨と暁晏を促した。二人が座る間に、出入り口に内から鍵をし、椀を三つ出して水差しの水を注いだ。それぞれを渡し、自分も椀一つと水差しを持って、空いている椅子に掛けた。
「まずは、息を整えてください」
 既に一気に水を飲み干している暁晏の椀に、水差しを傾ける。羽雨は不審がっているが「ただの水です」と言って、自分も口をつけた。

「これから、私が稚宝を拘束すべきと考えた理由を話します。昼前の、稚宝とのやり取りで明らになったことは二つだけです。それらをもとに考え得ることを話します」
 声を潜める。
「一つは、この娘が見て来たような作り話をしたということ。嘘をついた、とも言えましょう」
「嘘、」
 暁晏が返した言葉に、恵弾は顎を引いた。
「稚宝は」