暁晏が城に戻ったのは、昼を過ぎたところだった。
「遅い。枋先生」
 眉を顰ませた楡羽雨は、暁晏の腕を掴むと、暁晏の居室へ急いだ。

「あの侍女は、やはり蛇殺草に」
 羽雨は深く頷く。
「右肘の周りに、薄く、こう」
と、指で蛇の痣があるところをなぞった。
「あの傷の大きさと、今の痣の様子では、全身に毒が回るには十年余り。杏恵弾も、見立ては同じです」
 羽雨が言葉を区切り、口ごもる。蛇殺し草で傷ついた侍女、稚宝も恵弾もいないこの部屋に来たのは、それを口にするためなのに。
「羽雨、どうした」
 ふう、と息を吐いて、羽雨は腹に力を入れる。そうしないと伝えきれない。
「暁晏さん、杏恵弾はその傷を見て、稚宝に強い眠り薬を使って、拘束しました。口には布を噛ませ、手足を寝台に縛りつけています。杏恵弾は……稚宝の傷は、自分で付けた傷だと言うのです。稚宝は嘘を吐いている。危険なのではないか、と」
 暁晏は一瞬言葉を失った。頭の中にぐるぐると言葉がだけが回っている。
「どう危険だと……なにを以て嘘だと」
 羽雨は首を横に振る。悔しそうに唇を噛んだ。
「暁晏さんが来たら話すと言って、私には話さない。私は稚宝をずっと診ているのに、それをこのたった半月の」
「落ち着け、羽雨」
 暁晏は羽雨の腕に手を置き、さすってやった。怒りに震えているように見えた。いや、これは嫉妬か。あの侍女の異変に気付かなかった己と、すぐに何かを見抜いた恵弾を比べての。
「落ち着け。稚宝の怪我に気付いてやれなかったのは、お前だけでなく私も同じ。至らぬ己が腹立たしい。恵弾が言葉が足りぬのは、あれは昔からそうなのだ。どうか堪忍してほしい」
 羽雨は頭を振って、手で顔を覆う。荒く、深く息を吐き吸っては吐き出す。
「みっともないと思うけれど、暁晏さん、このあと、杏恵弾の前で私が取り乱したら、そう指摘してください」
 ふう、と音を立てて息を吐き切り、羽雨は顔を上げた。部屋の中の手洗い場で、手巾を濡らし、固く絞って顔を拭う。
「さあ、行きましょう」