去り際、富幸から手紙を預った。恵弾へのものだ。
 門の前まで来ると、昂礼は馬に草を食ませて待っていた。
「さあ、行こうか。城に戻る」
 昂礼は頷くと、手綱を握り直した。
「己のすべきことをせねばな」
 その呟きは、昂礼の耳には届いていた。が、それが自分に向けられたものなのか、暁晏の独り言なのか分からず、聞き流した。
 己のすべきこと、か。偉い医者もそうなのだから、おれもおれのすべきことをするか。今は暁晏と馬を町の北門まで送り、それから全元の宿へ行く。そこでひと月、全元の下で暮らすのが、おれのすべきことだ。そこで暮らしながら、その先のことを考えていくのだ。


 城下町の北門に近付くと、暁晏の姿を認めた衛兵が近寄ってきた。昂礼から手綱を取り上げ、門にいる衛兵に合図する。
 北門の扉が開く。街はそこで切れ、そこからなだらかな丘が続く。秋になり、草の赤く染まった丘には、城へ続く黒い道が整備されている。何層かに別れて大きさの違う石が敷き詰められており、いくら雨が降っても水が溜まらない道だ。如何なるときにも騎馬と馬車が速く通るための道である。
「ここまでだ。ありがとう」
 暁晏は、昂礼に声を掛けた。
「うん」
「この後は、樹全屋へ行くんだな」
「うん……はい。先生、おれは分かっているんだ、ちゃんと」
 昂礼は言葉を繋ぐ。先に行った衛兵が、暁晏が来るのを待っている。
「何を」
「おれが何か間違ったことをしているときに、間違っていると叱ってくれる人がいるのは、とても有り難いことだって」
 暁晏の脳裏に、これまで昂礼を叱ってきたであろう、この街の人々の顔が巡る。産婆の貫那、医者の杏恵正。杏恵弾もそうかも知れない。樹全屋の全元や、綺屋を営む綺与。
「そうか」
「先生も、誰かに叱ってもらって良かったんだよ」
 昂礼はおそらく、子どもの頃の暁晏に向けて言っている。が、暁晏は今の自分の周りのことを思った。自分に意見してくれる人や、自分が意見すべき章王のことや、先にそれをした梨広源のことや。
「それが分かっているのならば、昂礼、お前はずいぶん立派だよ」
 さあ、門を潜って、この先にいる人に叱られたり、叱ったりしに行かねばならない。
 昂礼は、北門が閉じるまでそこに立っていた。暁晏は振り返らなかった。暁晏が歩いて門を潜ると、衛兵が馬の手綱を持って待っている。鞍に跨り、手綱を受け取る。城へ駆け出す。分厚い門扉が閉じ、衛兵が元の位置に立った。昂礼は体を樹全屋に向ける。叱られに、歩き出した。