馬車の中で、恭姫の言葉は少なかった。侍女や王の側近が声を掛けても、生返事だけが返ってくる。恭姫は窓から見える空を眺めた。朝は晴れていたのに、今は雲が厚い。その小さな空は。
「まるで牢屋のようね」
 呟いた言葉が、馬車の中の空気をずしりと重くした。

 綺与の店を出て、暁晏はひとり馬を引いていた。早く城に戻らねばならないことは分かっているが、「むかし世話になった人に挨拶をしていく」と章王の側近に伝えると、それは受け入れられた。
 城下町の中を騎馬で走るのは、平時は禁じられている。町の端にある綺与の店から、火の見櫓を目指してすたすたと進む。が、城下町に来たのは何年ぶりか。火の見櫓から先は記憶を頼りに行くしかない。
「おじさん」
 若い声に呼び止められる。
 雑に束ねた髪の下、顔はへらへらと笑い、質素な着物からすらりと手足を伸ばしている。着物の丈がやや合っていないのだ。だが、着物やその少年に汚さは感じられない。
「馬を引くのを手伝おうか。どこまでだい?」
 すっと自然に出された手のひらは、駄賃をねだるそれだ。そこには力仕事をする者と同じまめがある。
 暁晏は眉を顰めた。この者は不躾に何を言うのか。そしてすぐに思い出す。
「ああ、『街の子』か」
「うん。晃礼だ」
 手伝いをさせることが大事だという。少額ならばその場で駄賃を渡して構わないはずだ。暁晏は懐に手を入れ、財布を取り出す。
「杏恵正先生のところへ行き、それから町の北門まで。いくらだ」
「ああ、ああ」
 嗄れた声が聞こえ、その主が足早に近付く。
「昂礼!」
 怒鳴られて、昂礼は肩をすくめる。声の主は年老いた女で、やや息を切らして止まった。
「もう、あんたも。その場で銭をやるのは、もう無しにしたんだよ。この子達のためにならないから。全く、御典医の目に下々は見えないのか、枋暁晏」