里登が手を止めたのは、昼の休みの前だった。何色もの糸を使って、夏の高原に小さな花が無数に咲いている様子を表そうとしている。腕ほどの丈を織った。花の場所や色の組み合わせを、このあと綺与に相談する。
「わあ、あねさん、素敵」
 食事だと呼びに来た織り子が、思わず声をもらす。織機にいるのは里登ひとりだ。食堂から甘辛い、美味しそうな匂いが漂っている。
「これを、次の夏に?」
「使われたら良いけど」
 次の夏、とは夏の建国記の式典のことだ。次の夏の式典の準備の頃に、里登はここにいない。それはまだ綺与しか知らないので、この織り子は屈託なくそう言う。
 あの賑やかさの渦中にいないことは寂しい。だからか、恭姫を間近に見ていて、頭の中にこの模様が思い浮かんだら、形にしたくてたまらなかった。
「この間の、朱色の大きな花の布もとても美しかったけど、これも」
「ありがとう」
 里登はほっとしたように息を吐き出した。

 恭姫は城に戻った。明日からは来ない。
 食堂には、織り子達の囁きがひっきりなしに飛び交っている。姫様が来ないことを残念がる声はあるものの、日常が戻ってくる安堵の方が大きい。自分とは生まれも育ちも違う姫様がすぐ隣にいることは、慣れてきたとはいえ、ずっと緊張していた。
 里登は食事を進めながらはっとした。
 姫様がいることは、確かに緊張した。が、自分達と同じように機織りをし、考えて、時おり見えた解けた表情はとても可愛らしいかった。これまでは、全く別の世界に住む生き物のように思い、恭姫だけが艶やかに着られるような布が合うと思っていた。その色合いを柔らかくしようと思いたったのは、少しでも姫様を身近に感じたからだろう。あの方も、人なのだ。