「兵士の姿が見え、呼びました。姫様を抱えて運んでくれました」
「蛇殺し草で傷を負っていることは、自分で知っていたのね」
「はい」
 共に城に帰ると、すぐに着替えて姫の元に戻った。深い切り傷を洗い、鼻が折れそうに臭う膏薬を暁晏が塗るのを手伝った。
 自分のことは省みず、姫のために奔走した稚宝の話を、羽雨は時おり涙を滲ませながら書いてまとめた。
 恵弾は眉一つ動かさずに、その腕にぐるりと巻きついた蛇の痣と、その巣たる傷を見ている。稚宝の顔を見たときは取り乱したが、いまの恵弾はいつもの恵弾だった。
 恭姫のそれと比べれば、傷ははるかに小さく、浅い。日は経ち、その傷はすでに瘡蓋すら薄く、新しい皮膚によって覆われようとしている。広がる痣は、確かに命を奪う毒の証だが、この蛇が命を食い尽くすのには、
「十年、といったところか」
 その声は、大きくない。しかし、食堂の喧騒にかき消されることはなく、羽雨の耳にも、稚宝の耳にも、しっかりと届いた。

「傷痕がきれいになる薬だ」
 と、恵弾は稚宝の腕に薬を塗った。
「ありがとうございます」
 稚宝は素直に頭を下げた。が、下げた頭はそのまま戻らなかった。
 恵弾が塗ったのは傷の薬ではなく、強力な眠り薬だった。稚宝の体は、力なく恵弾にもたれかかり、それを恵弾は受け止める。眠った稚宝を羽雨の診療室の寝台に寝かせ、その手足を寝台の支柱に繋いだ。口には布を噛ませた。
「杏先生?」
 羽雨は事態が飲み込めない。
 なぜ、稚宝を拘束する。
 恵弾は稚宝の頭の後ろで、固く布を結んで言った。
「この娘、危険なのではないか」