部屋の戸が叩かれた。
 若い医者が薬研を引く手を止めて、戸口へ出る。他の医者達は、それぞれの手は止めないが意識は向ける。
「枋先生」
「すぐに恵弾を呼んでくれ」
 焦った様子の暁晏に、一同何事かと一斉に恵弾を見た。
 恵弾は広げていた数種類の薬皿を、中の薬が吹き飛ばないように手早く積み重ねた。そして若い医者が恵弾に声を掛けるより先に、通路を抜けて暁晏の元へ向かう。
「どうしました」
 そこには、朝の怒りに震えた姿など微塵も感じさせない。それを構って何か言うほどの余裕は、暁晏にはない。
「私は今、陛下に呼ばれている。それで代わりに頼みたい。場内に、蛇殺し草で傷を負ったかもしれない者がいる。それを見て欲しい」
 え、と動揺が医者達の間に広がった。
「わかりました」
 そのさざめきを背中に感じながら、恵弾は淡々と答える。
 暁晏の陰から、女が一人顔を出した。頭の真後ろで髪を結っている。富幸よりもいくつか年嵩か。
「こちらです。着いてきてください」
 そう言うやいなや女は歩き出す。小走りに近い。恵弾は部屋を振り返り、小さく頭を下げた。行ってこい、という声なき声が聞こえた気がして、女に続いた。